檀家制度について
檀家制度とは
日本の仏教を理解するためには、まず「檀家制度(だんかせいど)を知らなければなりません。この制度は、日本独特のものです。
檀家制度は、今から350年ほど前の、江戸時代初期に行われた、キリシタン禁制に由来します。キリシタンとは、クリスチャンを意味するポルトガル語の発音からきています。
日本のキリスト教弾圧は、豊臣秀吉の頃から行われていました。そして、彼に代わって全国を平定した徳川家康も、天下統一のために、キリシタンの団結力を恐れ、キリスト教弾圧を行いました。 そのキリスト教弾圧の一つの方法として、檀家制度が作られました。「檀家」という言葉の意味は、仏教の開祖である釈迦の時代に使われていた古代インド語の「ダーナ」からきています。ダーナとは、仏教教団をサポートする一般の人、つまり簡単に言えば、仏教徒という意味です。
この檀家制度は、すべての人に地域の寺の檀家として登録されることを義務づけるものです。こうすることによって、キリスト教を信じる者が起らないようにしました。そして、寺に登録されている証明がなければ、就職、旅行、結婚なども許可されず、何もできないようにされたのです。
このような徹底したキリスト教弾圧によって、間もなく日本からは「自分はキリシタン(=クリスチャン)である」ということを公にする者は全くいなくなりました。
明治以降の檀家制度
江戸時代は約200年続き、やがて徳川幕府も倒れ、明治となりました。そして1873年、キリシタン禁制も解かれるに至ったのです。これは、キリスト教国である欧米諸国の圧力によるものでした。また日本も、外国の力に対抗するために積極的に外国の文化を取り入れなければならず、キリスト教諸国に開かれた視点を持たなければならないという立場に置かれたのです。
キリシタン禁制終わったのですから、檀家制度もその本来の意味を失うことになりました。しかし、200年以上も檀家制度は幕府の力を背景に社会に浸透していましたから、すでにしっかりとした社会制度として確立されていました。檀家制度は依然として日本の社会制度の一部を形成し、今日に及んでいます。もちろん、現在では檀家として寺に登録されなければならないという制度はありませんが、檀家制度に代わるものがないために、ほとんどの人々は寺に登録され、死ねば自分の所属する寺で葬式をあげ、その寺にある墓に入るということが当然とされています。
自称仏教徒
このように、日本のほとんどの人々は、寺に檀家として登録されていますから、全く仏教に対する知識や興味がなくても、「自分は仏教徒である」と思い込んでいる人が多くいます。つまり、本当の意味での仏教徒でもないのに、仏教徒を自称しているので、私はそのような人々を、「自称仏教徒」と呼んでいます。
また、現実的な問題として、死んだら寺のお坊さんに葬式をしてもらい、寺にある墓に入るという以外の方法がほとんどありません。それに加えて、その墓の多くは、先祖代々受け継がれてきたものです。当然、家を継いだ者および親戚一同が、その墓も、寺の檀家であるということも受け継いでいかなければなりません。寺の檀家をやめるということは、親戚の関係も断つことを意味しています。これは大変なことです。
救いを証しする
個人的にイエス・キリストを信じ救われ、クリスチャンとなっても、その人の前にこの檀家の問題が立ちはだかります。クリスチャンとなった以上、寺に所属する檀家であり続けることはやはり矛盾しています。どんな形であれ、整理しなければならないことです。
もともと家族がクリスチャンであるという家庭に生まれた人は別ですが、普通は、自分がクリスチャンになった時に家族もいっしょにクリスチャンとなるということなどまずありません。初めは、仏教徒を自称する家族の中で、一人の孤独な戦いが待っています。
しかし、強固に信仰の上での反抗的な態度をとるのではなく、言葉や行動によって、イエス・キリストを信じて救われた喜びを表わし、家族や周りの人に証しをすることがまず大切だと私は思います。もちろん妥協はいけませんが、仏教的、偶像礼拝的な習慣に対しては、知恵をもって対処し、必要以上のトラブルを起こさないようにしたいものです。
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